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【ビリヤードプレイヤー・ファイル】JPBA杉山功起プロ編_03

2026.04.25

挫折の先に掴んだ聖域、そして「世界1位」への覚悟

現在、『日本プロポケットビリヤード連盟』(JPBA)で最も勢いのある若手の一人が、プロ入り4年目の杉山功起(FR:764)だ。2025年には年間2勝を挙げ、男子ランキング3位へと躍進。2026年も開幕早々にグランプリイーストで優勝を飾るなど進撃が続き、今月も中国・青島で開催中のDUYAゴールデンナインに挑戦。精度の高いシュートと、スピーディな決断力、そしてゴールデンナインへの参戦を経て手に入れた「世界基準の思考」。今回は3回シリーズでビリヤードプレイヤー、杉山功起に迫る。


●プロフィール
名前:杉山功起(すぎやま こうき)
生年月日:2000年10月7日(25歳)
プロ入り年:2021年(JPBA55期生)
出身地:岐阜県
JPBA公式戦優勝数:3
スポンサー:BIK JAPAN、NAVIGATOR、OROCHI

最終回となる第3回は、杉山プロの強さの源流にある「ルーツ」に光を当てる。1歳でキューを握り、1999年にビリヤード試合映像を鏡合わせに真似たことで左利きのストロークを手に入れた幼少期。野球に打ち込み、ジョッキーへの夢を追いながらもビリヤードを続けていた中学時代。ここから数々の挫折を乗り越えながら、今はプロとして世界を射程に捉える杉山。「世界1位」という言葉に込められた、彼の覚悟の重さを聞く。

【ビリヤードプレイヤー・ファイル】JPBA杉山功起プロ編_01
【ビリヤードプレイヤー・ファイル】JPBA杉山功起プロ編_02

●「鏡合わせのフォーム」と野球に捧げた少年時代

——それでは、ここからは杉山プロのここまでのビリヤードとの関わりについてお話を伺っていきたいと思います。まず、ビリヤードを始めたきっかけは1歳だったそうですね?
杉山:そうです。両親がプレイヤーだったので、物心つく前におもちゃのテーブルを買ってもらって。誰かに無理やりやらされるのではなく、一人でコロコロと転がして遊んでいるのが日常でした。

——その頃、バイブルにしていた映像があったとか。
杉山:家にあったビデオテープを擦り切れるほど見ていましたね。『THE MATSURI』(1999年開催のビリヤードイベント)などの映像で、利川章雲プロやエフレン・レイズのプレーを鏡のように真似して。テレビ画面に向かってフォームをコピーしていたので、ビリヤードのストロークだけ左利きになったんです。私生活は右利きなんですけど(笑)。

THE MATSURIは当時のワールドトップスターが集ったビッグイベントだった

—— 「鏡越しのレイズ」が左利きのルーツなんですね。その後、スポーツは野球に打ち込んでいたと聞きました。
杉山:小4から中3までは野球をやっていました。でも、その一方で小2、3くらいの時に競馬を見て「ジョッキーってかっこいいな」と憧れて。中2の頃には野球は中学までと決めていて、将来の道は「ジョッキー」か「ビリヤード」の二択でした。

——ジョッキーへの挑戦はどうだったんですか?
杉山:本気で試験を受けたんですが、落ちてしまって。それで自分にはもうビリヤードしかないなと。それまでもハウストーナメントなどには出ていたんですが、ジュニアの大会にも本格的に出るようになりました。

——ジュニア時代は順風満帆だったのでしょうか。
杉山:全然です。初めて全日本ジュニアナインボール選手権に出た時はBクラスでしたが、自分の中では「いける」と思って乗り込んだのに、予選で田中汰樹選手や西岡未彩輝選手といったすでにジュニアで活躍していた選手たちに全敗して、悔しくて泣きました。

全日本ジュニア初挑戦は2015年

——その後は毎年出場していますね。
杉山:はい、全日本ジュニアには4回出ましたが、優勝する前年も、タイトル目前の最終戦で取りこぼして2位。優勝は奥田玲生選手で、この時は気の抜けた試合をしてしまったことで親からも厳しく怒られました。順位よりも内容。ただ、この年田中選手と出場したアジアジュニア選手権のダブルスで優勝できたのが救いでした。

2018年、ジュニア最終年で全日本を制覇

——そしてジュニア最終年は優勝でした。この年はメンバーの入れ替わりもありましたよね。
杉山:そうですね。前年まで競り合っていた田中選手たちが抜けて現在プロとして活躍している谷(みいな)さん、織田(賢人)君が参戦してきて、奥田、林武志、村松勇志といったメンバーもさらに強くなってという感じでした。最後の年に意地を見せてようやく優勝できたので、自分の中では一つの区切りになりました。

●プロの壁を突き破った初優勝、そして「世界1位」への渇望

——プロ入りを意識したのはいつ頃ですか?
杉山:ずっと意識していました。ただ、「アマチュアでタイトルを獲ってから」とは決めていました。高2の時にリネアカンパニー代表の江田さんの紹介で羅(立文/JPBA)さんと面談して「見込みがある」と言ってもらえたので、高校卒業後すぐに今の『POOL LABO』(当時はプールスタジオ)に入りました。

——そこで腕をしっかりと磨いて、2019年の『第67回 全日本アマチュアポケットビリヤード選手権大会』(アマローテ)優勝を経て2021年にプロ入り。プロの壁は感じましたか?
杉山:痛感しました。最初の頃は、2日目の決勝トーナメントに残ることすら本当に大変で。

——そこから浮上していく転機になった試合を挙げるとすれば?
杉山:初めて2日目に残れた関東オープン、ベスト8での大井(直幸)さんとの試合です。6-6まで追いついて、自分のブレイク。その瞬間、緊張のせいか頭が真っ白になってしまって……スクラッチ。結局6-8で負けてしまいました。そこからは「まずはベスト4に残ること」を目標にして、一歩ずつ進んできました。初ファイナルはラボでの羅さんとの一戦でしたが、3-0リードから捲られて3-8。あと一歩の難しさを知りました。

転機の一つとなったのは2022年の関東オープン

——そして昨年の関東オープン(全国オープン)で、待望の初優勝。
杉山:あの優勝で大きく変わりました。それまで 2日間一度も負けずに勝ち切るイメージが自分の中に持てなかったんですが、最後まで走り抜けたことで「自分もここで勝てるんだ」という自信がつきました。

——2勝目も早かったですよね。
杉山:自分の中では2勝目が本当に重要でした。1勝だけだと、どこかで「運が良かっただけかも」という不安が残ったかもしれない。でも2勝目(2025年グランプリイースト第6戦)を挙げたことで、ようやく「この舞台で対等に戦っていける」という余裕……というか、手応えを掴めました。

——現在の生活や練習環境についても教えてください。
杉山:今は賞金とスポンサー様からの支援で、専業プレイヤーとして生活しています。毎日平均3〜4時間は撞いています。試合後はしっかり休みますし、メリハリは意識しています。練習内容については相撞きが8割に対し、1人練習が2割という感じでしょうか。これからは拠点ができる予定なので、1人練習も増えていくと思います。道具に関しては、昨年7月からYi CUE(翼/イーキュー)に変えてから好調ですね。最高のパートナーです。

現在の相棒となっているYi CUE

——それでは最後に、改めてプールプレイヤーとしての目標を。
杉山:まずは国内ランキング1位。そして最終目標は世界ランキング1位です。それができれば、世界中の誰もが認める「すごいプレイヤー」になれる。かつて一緒に野球をしていた根尾(昂)選手がプロで頑張っている姿にも刺激を受けます。自分も世界を目指して、海外戦にも積極的に挑戦していきたいです。

——杉山プロのさらなる飛躍を期待しています。ありがとうございました。
杉山:ありがとうございました。どんどん外へ出て頑張ります!

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