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ビリヤード競技が閉幕、宮下綾香が価値ある銀メダル獲得

2025.08.15

第12回ワールドゲームズ 2025 成都大会現地リポート

宮下はビリヤード競技唯一の日本代表選手として、見事にその重責を果たした

ワールドゲームズは「オリンピック種目に選ばれなかったスポーツ」による4年に一度の祭典で、オリンピックの翌年に開催される。第12回となる今大会は、野球やソフトボールといった馴染み深い競技から、ドローン、綱引き、ライフセービングといった「え?スポーツなの?」という競技まで、計40種目が8月7~17日の期間におこなわれる。

ビリヤード競技のオープニングセレモニー

開催地は中国四川省の成都。三国志に出てくる蜀の都と言えばおわかり頂けるだろうか。広い中国の西方にあり、上海からは直線距離にして約2,000キロ。そして、成都といえばパンダ。今回のワールドゲームズ・グッズの7割はパンダ絡みだったと言っても過言ではないくらいパンダ、パンダ、パンダ・・・・。大会マスコットキャラももちろんパンダ(と猿)だった。

大会マスコットはパンダの「蜀宝(シューバオ)」とキンシコウの「錦仔(ジンザイ)」

今回のビリヤードはスリークッション男子、同女子、10ボール男子、同女子、スヌーカー男子、6レッドスヌーカー女子、ヘイボールの7種目。スリークッション女子とヘイボールは今回からの新規採用種目だ。ヘイボールは旧名チャイニーズ8で、男女の区別のない混合戦でおこなわれた。

日本代表はスリークッション女子の宮下綾香のみ。2017年のポーランドでは大井直幸が、2022年(※ コロナ禍で一年遅れの開催)のアメリカでは平口結貴がそれぞれ銅メダルを獲得していただけに、ポケットの参加資格が日本に回って来なかったのは残念だった。

宮下は2024年の全日本女子3C選手権の優勝者として日本代表になり、8名の出場枠に入ることになった。ビリヤードの会場は「中国民航大学天府キャンパス体育館」。航空関係の大学だけに敷地も体育館も広く、会場内にはスヌーカー2台、ポケット2台、キャロム2台、ヘイボール1台の計7台が並べられ、同じ数の練習テーブルが別エリアに設置されていた。

上が大会会場、下は別エリアに準備された練習テーブル

100名に満たない参加人数を考えたら非常に贅沢な試合環境だ。さらに今までワールドゲームズやアジア大会といえばシングルイリミの一発勝負というフォーマットがほとんどだったのだが、今回はヘイボール以外の6種目で予選リーグ制を採用。ポケットとスリー男子は参加12名の3名4組で2名が勝ち上がり、ベスト8からシングルというフォーマット。最低でも2試合出来るというのは参加者にとってはとてもありがたい変更だった。

25点ゲームのスリー女子は参加8名の4名2組で、2名が勝ち上がってベスト4からシングルだ。UMBの世界ランキングを元に抽選がおこなわれ、ベルギーの現世界チャンピオン、シャルロット・ソレンセンがA組に、オランダの絶対女王、テレーゼ・クロッペンハウアーと宮下はB組に入った。

宮下は予選で絶対女王と同組に【写真提供:WCBS】

8月10日の大会初日、宮下の1試合目はトルコのグルセン・デゲナーとの対戦。初戦とあってどちらもコンデションに合わせきれずに苦労したが、なんとか53キューで勝利。2日目に組まれた第2試合ではクロッペンハウアーに19キューで5点に抑えこまれてしまい、これで1勝1敗。

3試合目、相手はオランダのカリーナ・イェッテン。この試合の前まででクロッペンハウアーが3勝しているので、宮下は勝つか引き分け、イェッテンは勝利が通過への条件。試合は中盤で宮下が20-10とダブルスコアにしたものの、イェッテンが強烈に追い上げて僅差に。しかしなんとか25-23で逃げ切りに成功。あと1勝でメダル確定だ。

大会3日目、試合用の服をホテルに忘れてくるとうトラブルがあったものの、むしろそれで試合へのプレッシャーがほぐれたのか、宮下はペルーのジャクリーン・ペレスに25-17で勝って決勝に駒を進めた。二強の一角ソレンセンは予選まさかの2位通過となってしまい、ベスト4ではクロッペンハウアーに完敗。3位決定戦でもペレスに敗れてメダルを逃すこととなってしまった。

決勝は絶対女王のクロッペンハウアーと対決

さあ決勝戦。出来ることなら金メダルが欲しい宮下だったが、ここまでのアヴェレージを比較するとクロッペンハウアーの1.136に対して、宮下は0.574。正直、数字的にはかなり厳しい。だが、そんな空気を吹き飛ばすように、宮下は初球から4-0とリードを奪う。行けるところまで行ってしまえ! しかし次の箱玉を外してしまい、クロッペンハウアーが難なく逆転してリードを拡げていく。中盤、宮下も17-11と6点差まで詰めたが反撃もそこまで。21キュー、25-11でクロッペンハウアーがワールドゲームズではスリー女子初めてとなる金メダルを獲得した。

宮下には悔しい結果となってしまったが、この2年あまりの成績は特筆ものだ。宮下は子育てが落ち着いた2023年にプロに復帰。わずか1年足らずで全日本選手権を初制覇し、今年は連覇こそならなかったものの、4月に韓国でおこなわれたアジア選手権では準優勝、そして今回はワールドゲームズのビリヤードにおける最高成績となる銀メダル獲得だ。

女子スリークッションのメダリスト。左から銅:ペレス、金:クロッペンハウアー、銀:宮下

約10年のブランクを感じさせない活躍は素晴らしいの一言。9月にはスペインで世界選手権が開催され、宮下も出場が決まっているが、これまでの最高位は2013年日本開催での3位タイ。今の勢いがあれば、自己最高位更新も夢ではないだろう。

スリークッション男子は韓国の天才、チョ・ミョンウが決勝でエジプトのサメ・シドムを倒して初の金メダル獲得。準決勝ではヴェトナムの英雄、トラン・クエット・チエンが37-37からワンモアまでいくもミス。そこから3つ当てて逆転勝ちを収めていた。今年のアジア選手権でも優勝したチョはまだ27歳だ。ちなみにワールドゲームズで金メダル3個を獲得していたダニエル・サンチェスは不参加。金メダル2個のディック・ヤスパースは予選敗退だった。

男子スリークッションのメダリスト。左から銀:シドム、金:チョ、銅:マルティン・ホルン(ドイツ)【写真提供:WCBS】

10ボール男子は大本命のヨシュア・フィラー(ドイツ)がベスト4で敗れ、3位決定戦を制して何とか銅メダルは確保。ペルーのガーソン・マルティネスとハンガリーのオリバー・ソルノクの決勝は9-7でソルノクが初の金メダル獲得。28歳のソルノクは2021年の9ボール世界選手権で3位タイに入っていたが、国際的な大舞台での優勝はこれが初めてだ。

男子テンボールのメダリスト。左から銀:マルティネス、金:ソルノク、銅:フィラー【写真提供:WCBS】

余談だがフィリピン勢からはジェフリー・デルーナが参戦。オブザーバーとしてエフレン・レイズ、コーチとしてフランシスコ・ブスタマンテが参加という豪華な陣容で臨んだのだが、予選敗退となってしまった。

フィリピンレジェンドの2人、レイズ(左)とブスタマンテ(右)が大会に帯同。中央はルビレン・アミット

韓雨、劉莎莎(ともに中国)、ルビレン・アミット、チェスカ・センテノ(ともにフィリピン)、クリスティーナ・トカチ(AIN※)と12名中5名が世界チャンピオンという豪華メンバーが集まった10ボール女子は韓雨とチェスカ・センテノが決勝に勝ち進み、韓雨がヒルヒルを制して、2017年の陳思明に続く中国勢2つ目の金メダルを獲得した。韓雨には地元中国開催だけに多大なプレシャーがかかっていたはずだが、母になって更に一回り強くなったようだ(※AINは中立的立場の個人資格選手。トカチの国籍はロシア)。

男子テンボールのメダリスト。左から銀:センテノ、金:韓、銅:劉【写真提供:WCBS】

最後に中国について書いておきたい。筆者が中国入りするのは2018年ワールドカップオブプールの上海以来だったのだが、あまりの変化(進化)には衝撃を受けた。正直なところ、過去の中国に良い印象はほとんどなかった。会場では小銃を持った軍人が警備し、全てが上意下達で融通が利かない。嫌な思いをした例を挙げればキリがないのだが、今回不愉快に感じることは一切なかった。

以前はVPN必須だったインターネットは何の支障もなく繋がったので、日本にいる時と全く変わらない環境で仕事が出来た。選手村のホテルは空調がよく効いて快適で、大人数が入れ替わり訪れる食堂は料理の質も種類も申し分なし。どこに行っても大勢のボランティアスタッフ(ほとんどが地元の大学生)がいて、スマホの翻訳アプリを介して親身になってサポートしてくれた。

快適な環境だった選手村

前述した宮下が服をホテルに置き忘れた際も、スタッフに事情を説明するとすぐにタクシーを呼んでくれて、戻ってくるまでの間ずっとサポートに徹してくれた。まさに「おもてなし」だ。もちろん、試合進行上のトラブルなど全くなかった。これが本当に「あの」中国なのだろうか? 2009年のチャイナオープンの頃の混乱を思うと隔世の感がある。

そう、あれからもう16年も経ったのだ。その間、中国は数々の国際大会を開催して大会運営のノウハウを蓄積し、あらゆる面で環境を改善し続けてきた。個々のプレイヤーのレベルは別として、ビリヤードのイベントを開催するという点において日本は埋めようのない差を中国につけられてしまった。そしてこれからヘイボールはどんどん勢力を拡げていくことだろう。この中国という大河に日本は吸収されつつあるのだ。もちろん、これはビリヤードに限ったことではないのだが。

次回ワールドゲームズは2029年、ドイツのカールスバーグでの開催が予定されている。その時にはより多くのビリヤード種目で日本選手が活躍することに期待したい。

On the hill!

写真提供:WCBS
大会ライブ配信:WCBSbilliards
大会情報:WCBS

 

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