wnt.の戦略とプレデター、WPAとの関係性
株式会社エンヴィジョン代表・平岡正人氏インタビュー〜第3回〜

KAMUI BRANDは、2月に行われた『ラスベガスオープン』でメインスポンサーとなった(写真中央が平岡代表)
KAMUI TIPをメインアイテムに、トーナメントやトッププレイヤーをスポンサードし、様々な国のビリヤード関係者と関わりながら広くビジネスを展開している株式会社エンヴィジョンの平岡正人代表は、ワールドプールシーンの現状を最もよく知るジャパンプール関係者の1人。ここでは、エンヴィジョンと世界の関わりから、活況を呈しているアジアの状況、さらにはWPAとwnt.を巡る動きなどについてじっくりとお話を伺ったインタビューの第3回をお届けします。
・第1回『ワールドプールシーンとKAMUI BRANDの関わり
・第2回『WPAの過去の課題と、あるべき姿に向けた模索』
●現時点では、まだ優位性を確立したとは言えない段階
――WPAに対して、wnt.は2023年から本格的に始動し、2024年には世界各地でランキングイベントを開催しました。母体のマッチルームも多くの招待イベントを開催しています。KAMUIブランドはこの2年間、wnt.の大会にもスポンサーとして関わってこられました。その中でご覧になってきたwnt.については、どのような見解をお持ちですか。
平岡正人代表(以下、平岡):マッチルームは元々ワールドプールマスターズやモスコーニカップなど、年間で4〜5試合を開催していましたが、彼らがこれほど積極的に活動するようになった背景には、プレデターが『PREDATOR PRO BILLIARD SERIES』(PBS)を始めた2019年頃からの動きが関係していると思います。
――マッチルームが『USオープン』を買収した時期ですね。
平岡:その頃はバリー・ハーン氏がマッチルームの責任者でしたが、PBSがスタートした後に、それに対抗する形でUSオープンを買収したと記憶しています。
――なるほど。
平岡:プレデターはそれまで用品の製造販売が中心でしたが、PBSによってトーナメント事業にも進出してきました。それに対してマッチルームは危機感を覚えたのではないでしょうか。プレデターは、マッチルームの大会にスポンサーとして関わりながらも、「ビリヤード業界をもっと大きくできるはずだ」という考えを示し、ある意味でマッチルームの既存のやり方に対して一石を投じた形になったのかもしれません。
――wnt.はトッププロに特化した運営で、PBSは当初からアマチュアやジュニアも含めた展開を目指していた、という違いでしょうか?
平岡:少し違いますね。PBSも当初はプロ向けを意識していましたが、プロアマの区別なく誰でも参加できるオープンな形式で、その中で実力のあるプレイヤーが上位に残っていくという流れでした。それに対して、wnt.は差別化を図る必要性から、トッププロというカテゴリーでプレイヤーとの関係性を深めていく戦略をとったと言えます。wnt.は契約プロという形を取りましたが、PBSはオープンな形式を維持したため、結果的に現在のような棲み分けのイメージが定着したのではないでしょうか。
――そのような状況の中で、wnt.はどのように動いていたのでしょうか?
平岡:wnt.は独自にトーナメントを開催しようとしていましたが、PBSやWPAの動きも活発化してきたため、他の大会の日程がwnt.のトーナメントに近接する、あるいは重複するようなスケジューリングを行うケースが見られました。

昨年のエイトボール世界選手権は、wnt.メジャーのハノイオープンと日程が重なったため10月から9月に日程変更となり、一旦はボイコット声明を出していたジョシュア・フィラーが出場し優勝。その後10月のレイズカップメンバーから除外された(写真提供:PBS)
――昨年は、それがWPAとwnt.の対立をより明確にする一因となりましたね。
平岡:日程が重複する、あるいは移動時間を考えると実質的に参加が困難になるようなケースも少なくありませんでした。WPAやプレデター側は「なぜそのようなことをするのか」という疑問を呈し、wnt.の責任者であるエミリー・フレイザー氏は「意図的に重複させてはいない」と主張していました。
――wnt.はかなり積極的な姿勢に見えますね。
平岡:通常、WPAの方が年間カレンダーを早期に発表しますが、仮決定の大会も含まれます。それに対してwnt.が先に正式決定を発表していくという流れがあったため、エミリー氏の立場からすれば「日程は重複させていない、仮決定だったはずだ」となり、WPA側から見れば「意図的に重ねてきた」と、解釈の違いが生じていたようです。私の見解としては、wnt.が戦略的に日程を近接させていた側面もあったように感じています。

wnt.の責任者にして、現在は母体であるMatchroom Multi SportsのCEOも務めるエミリー・フレイザー(写真提供:Matchroom Pool)
――昨年はある程度、その戦略が効果を発揮したようにも見えます。
平岡:競争相手に影響を与えながら自らの優位性を築く、というゲームのルールに則るのであれば、成功しつつあるのかもしれません。しかし、現時点では、まだ一時的に優位な状況を作り出している段階だと考えています。wnt.のもう一つの戦略として、フランチャイズのような形で、独立系のトーナメントや既存のトーナメントをwnt.ランキングの対象とする仕組みも導入しました。
――はい。
平岡:ダービーシティクラシックなど、様々な試合がwnt.のランキングシステムに組み込まれていきました。この点に関しては、エミリー氏は巧みに進めていると思います。既存の散らばっていたトーナメント日程を、可能な限り衝突しないように調整しており、それはそれで機能していると言えるでしょう。しかし、このようなトーナメント日程の調整は、本来であればWPAが主導して行うべき役割だったのかもしれません。先ほど申し上げたように、以前のWPAにはリーダーシップが十分に発揮されず、結果的にプレイヤーが不利益を被る状況があったように感じます。その部分をwnt.はしっかりと管理しようとしているのでしょう。
――確かにwnt.に対するプレイヤーの不満の声は、ここまで聞こえてきたことがないように思います。
平岡:実際にwnt.については支払い問題が発生したことは一度も聞いたことがありません。wnt.のエコシステムの中ではプレイヤーファーストが達成されているように思います。問題はwnt.だけでは賞金がまだ十分に高くないことと、ビリヤード業界としての全体最適にはなっていないことです。
最終回となる次回はワールドプールシーンの活況を踏まえた上でのジャパンプールの現状、そしてジャパンプールとKAMUIブランドのこれからなどについて語っていただきます。