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【訃報】日本女子プロビリヤード界の先駆者、原田美恵子、逝去

2021.02.15
日本女子初のプロプレイヤーにして初の世界女王

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JPBA3期生として日本女子初のプロプレイヤーとなり、1974年『World Champion Tournament(14-1)』優勝など、国内外で輝かしい成績を残された原田美恵子氏が、2月9日(火)に逝去されました。享年86歳。

葬儀につきまして、ご親族のみで執り行われたとのことです。心よりご冥福をお祈りいたします。

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以下、『球’s 2000年12月号』単独インタビュー記事を一部抜粋してお届けいたします。
「もっともっと輝け! それができないならプロ失格ですよ。」より

・ビリヤードとの出会いからプロ入り
「京都の実家がビリヤード場を経営していたんです。だから小さい時から球の音を聞いて育ち、小学生の頃には撞いていました。身体は小さいけど大人用のキューを使ってね。アマチュア時代、『チャリティ全日本アマチュアポケットビリヤード選手権』の第15~17回大会に女子の部が設けられて、第15、16回大会と優勝して、第17回は2位か3位に。それからプロになったんです。第1期生の方々が女子プロも作ろうということで『ミエちゃんプロになりい』って言われて。それでしまいですわ(笑)」

・プロ活動について
「プロ入り当時、女子プロは私だけですから、ハンデをもらって男子と試合していました。勝っても1~2回で……。でもその経験があったから、世界大会などでも結果が付いてきました。当時はイベントもたくさんありましたから、笑顔の練習とか、試合中いかに美しく歩くかとか、プロとして『魅せる意識』というのは強く持っていました。『魅せる球は逃してはならない』というのはよく言われましたね。だから、勝って魅せるのが大事なんです。プロとして実力があることと勝つことは当然だと思います。それに加えて、人間的にもっと輝くものを持ってほしいです。はっきりと書いておいてください。『もっともっと輝け!』って。それができないならプロ失格ですよ」

●Profile
京都府出身。JPBA3期生。日本人女子初のプロプレイヤーとして1967年から2003年まで活躍を続けた。1974年『World Champion Tournament(14-1)』優勝、1988年『全日本ポケットビリヤード選手権大会女子の部』優勝、1992年『ジャパンオープン』優勝、ほか優勝・入賞多数。引退後の2004年には、功績を讃えて『BCJホールオブフェイム』を受賞した。