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過去のニュース(2015年)

2015.05.20 プレイヤー

神の国の大井直幸

四神、大井、14-1

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今のJPBAでも飛び抜けた存在となりつつある大井は、どこまで行くのか


「絶対的四強っていうんですか? そのくらいしか知らなかった」

次号のCUE'S付録DVDは北海道オープンの決勝戦。その解説を大井直幸本人にしていただいたのだが、その中で話がプロ入り当時(2006年)の頃に及んだ時、奥村健利川章雲高橋邦彦川端聡という当時圧倒的な四強として知られた面々の名前が挙がった。「でも、その4人でも名前くらいしか知らなかったけど」。

この4人は紛れもなく"絶対的"四強。まったくプロ選手の存在に興味がなかった若かりし大井でも認識しているほどに。2001年に日本ランキング1位の座に就いた桧山春義(故人)も、「この4人は僕より上にいる」とその強さを認め、インタビューの際には「そこへ半歩近づいた」など、自身の立ち位置を表現するのに四強の存在を頻繁に用いていた。ちなみにポジショニングに関しては「東京と大阪の人、2人だけは『もうちょっと手球を何とかしようよ』と言われても聞ける(聞き入れられる)」と、奥村と利川の2人を高いところに。「そのほかの人から言われても手球の話は聞けないですね(笑)」とも。

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四強の一角、高橋邦彦


さて、その四強は国内ポケット界において"四神"と言ってもよい存在だ。個々に抜きん出た個性と戦績、そして格別のスキルをお持ちの方々なので、一括りにした話は失礼なこと。それでも4人で国内のタイトルを分け合い、ランキング上位を独占してきたことは事実としてお許しいただきたい。ただ、その四神と大井と比較した時に、決定的な違いがひとつある。

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四強の一角、川端聡


『14-1オープン』。今週末にも開催されるが、この14-1という種目は趣があり、エニーボールという特性も手伝って、『球を極めし者が勝つ』的な要素が多々見受けられる。この大会が『全日本アマチュア14-1選手権』であった1992年には、当時アマチュアだった川端聡が優勝。翌年からオープン戦となり、昨年までの22年間で、最多勝は奥村と高橋の4回で、次いで利川と羅立文が3回ずつ。4人で14勝している計算だ(川端は準優勝1回)。そして前出の桧山も2001年にこの大会で優勝を果たしての日本一だった。

そして大井。過去に北陸オープン4回を筆頭に、全日本ローテーション、東海グランプリ、北海道オープンで各2度の優勝。そして直近の勝ち方は凄まじく、本当に言葉を失ってしまうほど。しかし、そんな華やかな戦績を誇る大井だが、不思議なことに14-1オープンでは、ルーキーイヤーに準決勝を撞いて以来、最高成績を更新することはなく、以後3回ベスト16に入ったのみ。

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キーワードとなるのは14-1


14-1オープンに関する話は後日の記事に譲るとして、今の"神がかり"的な勝ち方を見せる大井と、四神とを比較する上で、どうしても避けては通れないキー種目が14-1だ。何せ奥村は7年間('96-'02)で大会3連覇を含む4優勝、2準優勝という記録を残し、ほぼ同時期に利川も7年間('97-'03)に5回ファイナルを撞いている。そして3年連続('97-'99)で奥村vs利川という決勝カードだったことも、今となってはアンビリバボー。いくら強くても、そんなことが起こり得るのは神の力でも借りたのかと。

それから約15年。昨秋に腰痛から復帰して以降の大井は、ナインボールやテンボールという運の要素が絡む種目としては、確率を超越した"神の領域"とも言うべき勝率を示している。それに慣れてきてもう話題にもならないが、昨年秋の全日本選手権は自身の『公式戦4連勝』を懸けて臨み、残念ながら果たせなかった(結果は準優勝)。そして、先の西GPを勝ったことで今週末に再び『公式戦4連勝』へ再挑戦することになっている。それがここまで相性は決してよくない14-1オープン。神は舞い降りるのか。

Akira TAKATA