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Chapter14 無我の境地

2021.03.06
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作/Donato La Bella 文/渡部嵩大 監修/関浩一

第14話

夜明け前、山のふもとにはまだ冷たい空気が立ち込めていた。鳥のさえずりで起きた翔はまだ眠たい目を一度だけこすると、すぐに身支度を始め
た。一足先に目を覚ました龍が道場に姿を現し、翔の準備が済むと二人は急いで道場に向かった。

明を説き伏せたその日から、2人は一時も気を緩めることなく、全身全霊で修行に打ち込んだ。日が出ている間は、ほとんどの時間をビリヤードに
費やしていた。雷を救うと誓った以上、絶対に明を失望させるわけにはいかなかった。ゆるぎない志はいつも彼らの目のうちに光を灯していた。
いつも通り道場の戸を開くと、珍しく明の姿がなかった。2人は首をかしげたが、すぐに台の上に紙の書き置きがあるのを発見した。
そこには、「山頂の小屋で待っている。今日からしばらくキューは必要ない」という明の文字が残されていた。

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翔と龍は顔を見合わせたが、明のいる場所はすぐに思い当たった。山頂の小屋まではひたすら山道を登らなければならない。しかし、彼らは新しい修行の内容への興味と熱意に燃えていた。
「龍、早く行こう!」
「よし、競争だ!」
書き置きとともに明が用意していたよもぎ餅と水を抱え、二人は勢いよく駆けていった。しかし、山の中腹辺りまでは調子よく進んでいたものの、
山道の洗礼を受けて徐々に足取りが重くなり始めた。
「まさかとは思うけど、これから毎日こんな修行じゃないよな……」
「一体このあとどんな修行をするんだ?」

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息を切らしながらも、彼らは4時間かけてなんとか目的地に到着した。道場を出た時はまだ暗かった空にも、すでに太陽が高く輝いていた。明は
崖に向って座り、瞑想をしていた。2人の気配に気付くと、目を閉じたままおもむろに口を開いた。
「随分とゆっくり来たな。もちろんわかっていると思うが、当分はこの修行が続く。もし諦めるならば今のうちだ。よく考えることだ」
汗だくの翔は肩で息をしながらも即答した。
「余裕だぜ……!」
「こんなの朝飯前だよな!」

龍も元気良く後に続いた。彼らがそう答えることなど初めから知っていた明は背を向けたままひそかにほほ笑んだ。
「雲外蒼天。困難の先には必ず新しい景色が広がっているものだ。こちらへ来てみなさい」
2人が崖まで歩み寄ると、息をのむような大地とはるか先へと続く空がそこにはあった。

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「さて、修行を始めるとするか」
一息ついていた翔と龍は背筋を伸ばした。
「まずはこのあたりから好きな岩をそれぞれ選びなさい。今日はそこでイメージトレーニングをしてもらう」
2人は一通り周りを見渡したが、すぐにひときわ大きな岩に飛びついた。
「俺はこの岩しかない!」
「奇遇だな、おれもそう思ってたところだ」
「よし、決まりだな! この岩で一緒に修行しようぜ!」

その様子を見た明は、やはりこの2人であれば正しいエレメントの道を進むことができるのかもしれないと思った。一度道を踏み外した雷は、自力
で元に戻ることができなかった。大いなる力は人の心の弱みに付け込んで、あっという間に蝕んでしまう。しかし、当たり前のようにお互いを助け
合う翔と龍ならば、その悪魔にも立ち向かう強さがあるのではないか。2人を全力で磨き上げると明は心に誓った。
「しばらくはここでビリヤードをしてもらう。目を閉じて、頭の中で一度センターショットをしてみなさい」
2人は最初こそ戸惑ったものの、岩に座ったまま、言われた通り頭の中で場面をイメージした。真剣さの表れなのか、彼らの眉間にはしわが寄って
いた。しばらくすると、お互いに目を開いた。

「よし、終わったみたいだな。では早速聞こう。お前達がポケットした的球は何番ボールだった?」
2人は返事に窮してしまった。ビリヤードテーブルを想像し、手球と的球とポケットを一直線に並べはしたが、的球の色や番号など考えも及ばな
かった。
「はっはっは、わかっている。的球の番号などセンターショットには関係ないと思っているのだろう。だが実際に撞くとなれば的球には必ず番号と
色がある。練習の内容に限らずだ。お前達にはこれから、頭の中に実際と寸分も違わぬテーブルのイメージを作り上げてほしい。キューの重みは
感じたか? 撞く瞬間の手応えはあったか? 手球が的球に当たる瞬間の音は聞こえたか? この修行では想像と現実の隙間を1つずつ埋めていく。全てを再現できた時、そこは自分だけの道場になるだろう」

明の言葉に魅せられた2人は、空腹や疲労も忘れ、岩の上で小一時間唸り続けた。

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「エレメントは自然と密接な関係にある。自然豊かなこの山を修行の場に選んだのはそのためでもある。試合中、頭で考えすぎてしまうことがある
だろう。するとゾーンから抜けてしまって、エレメントも使いこなせなくなる。しかし、この大いなる自然はどうだ。そのように悩むことなどあるだろうか。そうではない。自然には思考の入る余地などない。自然はただあるべくしてあるのだ。次は思考を極限まで排除する修行をしてもらう。
目指すは無我の境地。そのために必要となるのが瞑想だ。こちらへ来なさい」

2人がしばらく明についていくと、目の前に滝が現れた。
「よし、ではここで滝に打たれながら瞑想をしてもらうとしよう」
翔はにっと笑い、滝つぼの中へ走っていった。龍も負けじとそれに続き、頭から水をかぶった。しかし、2人はすぐにその冷たさに耐えられなくな
り、滝の下から逃げ出してしまった。
「「無理無理むり~!」」
その姿を見て明は大きく笑った。
「どうやら修行はまだまだこれからのようだな。先は長いぞ?」

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