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Chapter8 Hill to hill(2)

2020.09.01
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作/Donato La Bella 文/渡部嵩大 監修/関浩一

第8話

翔と龍の試合はラストゲームを迎え、残るは⑦⑧⑨の3球となっていた。翔のターンだったが、試合のクライマックスとしては難しい局面に遭遇していた。
翔は今⑤をポケットし、⑦へと手球をポジションしたが、これが思いのほか遠い真っ直ぐの配置となってしまった。

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次もドローショットをし、⑧に手球を近付けるのが理想的だったが、翔は⑦を外すことを恐れ、結果的にストップショットのようになった。必然的に⑧にも厚いショットが残った。
この頃には翔の緊張感は最高潮に達していた。次のショット次第で勝利が手に入ると思うと、失敗は許されなかった。翔は教科書通りに下回転をかけたつもりだったが、無意識の
うちにリスクを恐れ、⑧を決めたものの手球はわずかにしか引けなかった。⑨に対して薄くて遠い球が残ってしまった。

「あと1つ。これを入れたら勝ちだ」
翔は息を整えながら、自分に言い聞かせた。
ギャラリーが息を飲む。撞点は真ん中やや上。
翔はショットスピードを抑えつつ手球を撞いた。
しかし⑨は無情にも薄く外れた。

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翔は自分の弱さに力なく頭を垂れた。
会場では一瞬悲鳴のような声が広がったが、すぐにまた静寂に包まれた。小さく頷きなが
ら試合を見守っていたケヴィンは雫に切り出した。
「I see. 鷹上くんは素晴らしいテクニックを持っているが、エレメントを使いこなすにはメンタルの方がまだまだだな」
「そうだね。同じ技術を持つ者同士が戦えば、必ず精神力が勝負を決める」

「ああ、全くその通りだ」
「むしろこれからの成長が楽しみ」
2人はすぐに試合へと視線を戻した。
翔の周りから消えかけていた風が最後の力を振り絞って押したかのように、手球と⑨は
それぞれ反対側の短クッション際で止まり、またもや厳しい配置となった。しかし龍は翔
の失敗に驚くことも、配置に戸惑うこともなく、毅然として立ち上がった。球が止まった
瞬間にはすでにショットが決まっていたのか、彼はすぐにキューを構えた。そして、強く
手球を撞いた。

龍は素晴らしい体幹の持ち主であり、ハードショットをしても一切体がブレない。まるで
肩から先以外は時間が止まっているかのようであった。
手球が⑨を弾く鋭い音が鳴った次の瞬間、心地良い響きとともに⑨はすでにポケット
の中にあった。龍は反対側のコーナーポケットへのバンクショットを決めたのである。
ヒルヒルとあって観衆も高揚していたのか、ひときわ高い歓声が鳴り響いた。

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試合は終了し、2人は握手を交わした。翔はまだ浮かない顔をしていたが、龍は労うように良い試合だったと声をかけた。
優勝まではまだ2試合あったため、
「次の試合も頑張ってね」
と翔も龍を応援した。

ギャラリーには試合の熱がいまだ残っていた。その中でひときわ目を輝かせている太郎君は、ノートに必死に文字を書き込んでいた。ずっと追ってきた龍、そして初めて出会った
翔、2人の選手の情報が並べられていた。
「新しい世代の選手、なんて素晴らしいんだ!」
雫とケヴィンは満足そうな表情をしていた。
「灼谷君はまだ若いのにちゃんとエレメントを使いこなせているね。鷹上君も見られたし
はるばる来て良かったね」

「そうだな。この大会の優勝者は灼谷君で間違いないだろう。十分見られたしそろそろ行
こうか」

2人は観客席を後にして歩き出した。その姿に最初から気付いていた龍は、2人を目で追った。ジュニア以降もしっかりと視野に入れている龍の中には、すでに闘志が燃えていた。
その目線に気が付く雫とケヴィン。

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「灼谷君、私達と戦う気満々のようだね」
雫は嬉しそうに言った。
「良い目をしている。そう簡単に勝たせるつもりはないがな」
公式戦で龍と戦う日をケヴィンも楽しみにしていた。
龍はその後の試合も5対0、5対1と圧勝し、2年連続の優勝を飾った。
試合が全て終わると、龍は翔のことが気になり会場の中を探した。誰もいない一角で翔とすみれを見付けた。試合のことなど忘れたかのように、翔は夢中でおにぎりを頬張ってい
た。

「お前は本当に変わってないなぁー」
と龍は翔を笑った。
「変わるはずないよ、すみれのおにぎりは最高だからな!」
「ちょっと翔、それ私の分だったのに!!」
そこには幼馴染の3人の姿があった。そこへ、ペンとノートをかかえた太郎が見付けたとばかりに登場した。
「お2人ともお疲れ様でした。素晴らしい試合でした! 特に鷹上選手の⑥⑦を開けたスピンのスーパーショットには目を奪われました。灼谷選手はいつも通りの素晴らしいパ
ワーブレイクでしたし、ヒルヒルのラストショットであんなに落ち着いて安定したショットとは……お2人の強さの秘訣をぜひ知りたいです! 普段の練習方法なのか、天性の才能な
のか、常人とは一線を画するお2人のプレーに終始目が釘付けでした! おかげでこのビリヤードノートにもびっしりと、あ、申し遅れましたが私太郎と申します」

太郎は一度だけ息をつくと、記者さながらの饒舌さで続けた。
「1つだけ質問よろしいでしょうか? 鷹上という苗字はとても珍しいと思いますが、もしかして翔選手は鷹上明さんの息子さんですか?」
「そうだよー、なんでお父さんのこと知ってるの?」
「バカ! 明おじさんはビリヤード界では有名人なんだよ! 全くもうー」
「やはり! あの素晴らしいプレーを見て間違いないとは思っていましたが……あっ、すみません、お食事中でしたね! 大変お邪魔しました!」
現れた時と同じ速さで、太郎は去っていった。
「ははは、翔もすっかり有名人だな! さて、おにぎりも全部平らげちゃったことだし、せっかく東京にいるんだからどっか遊びに行こうぜ!」
久しぶりに3人で遊ぶのを龍は心待ちにしていた。
「いいね! でもそんなお金持ってきてないよ」
翔とすみれは顔を見合わせた。
そこで龍は優勝の2文字が書かれた袋を掲げた。

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「じゃーん、なんと優勝商品は遊園地の入場券! これで今日は遊ぼうぜ!」

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