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Chapter1 風の翔

2020.02.03
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作/Donato La Bella 文/渡部嵩大 監修/関浩一

第1話

この世界には4つのエレメントが存在する。

風、火、地、水。
遠い昔からこの事実は知られていた。
そして、世界を構成するこれらのエレメントは、人の心の内にもある。
目にすることはできずとも、行動としてそれは顕現する。
ビリヤードにおいては、プレースタイルとして。

今から30年前、ビリヤードにおけるエレメントの存在を発見した伝説の選手がいた。
それまで誰も知ることのなかった境地に至った彼はあまりにも強くなり、ついには表舞台を去った。
そして山にこもり、エレメントのさらなる探求を目指して道場を開いた。

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年月が過ぎ、新世代の4人の精鋭が誕生した。

彼らはそれぞれ1つのエレメントを習得している。

しかし、全てのエレメントを習得した者は、今もなおいない。

今日は有名なジュニアの大会の日である。会場は20台ものテーブルと、キューケースをかかえた少年少女で埋め尽くされていた。試合の開始時刻が近付き、にぎやかだった選手達にも緊張感が訪れていた。その中に1人、興奮で目を見開いている16歳の少年がいた。彼こそが風のエレメントを習得している鷹上翔だ。

試合の呼び出しが始まり、まもなく
「4番テーブル、鷹上選手対—-」
と彼の名前もアナウンスされた。テーブルにいち早く向かいながら、翔は「やっとここまで来たぜ」、と心の中でガッツポーズをした。

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試合は相手のブレイクショットから始まった。これは翔にとってはいつも通りのこと。翔はバンキングが得意でないことを気にかける様子もなく、プレーを楽しそうに魅入っていた。最初のマス、相手は華麗に⑦まで取り切ったが、わずかな力みからポジションプレーでミスを犯してしまった。⑧ではセーフティも考えられたが、思い切ってバンクショットを選んだ結果、球はコーナーに蹴られてレール際を転がった。

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ここでようやく翔に初めての番が回ってきた。手球は短クッションのそばにあり、⑧は反対側のポケットに近く、直線のコースになっていた。これを決めるだけならば、翔にも相手にも決して難しくはない話だが、⑨も手球と同じ手前の短クッションに接していることが、場面を非常に難しくしていた。きれいにポジションするには、手球をテーブルの端から端まで引くほかなかった。試合を覗いていた数人も、一筋縄ではいかないだろうと察していた。

ところが翔は、楽しそうな表情のまま手球に近付くと、迷うことなくキューを立てた。そして頭の中で「いち、に、さん」と数えながら素早く振り下ろすと、手球は真っすぐ的球に向かい、快い音とともに⑧が決まる。すると、手球はもと来た道を静かにたどり、ピタリとクッションで止まった。

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この素晴らしいショットには周りから少しだけ驚嘆の声が上がったが、翔はなんでもないと言わんばかりのクールな表情を浮かべたままだった。彼は純粋にこの瞬間を楽しんでいたのだ。
技術もさることながら、翔の強さの秘訣は素直に直感に従うところにあった。直感で頭の中にでき上がったイメージをそのまま体現していたのだ。最初のマスを取った彼は、一度も相手にペースを譲ることなく、終わってみれば5-0という結果で勝利を収めた。その姿は、自由という名の空を翔ける鷹のようであった。

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「誰かあの選手について知らないのか? どこにでもいるレベルじゃないぞ」
と翔がにわかに話題に上がり始めていた。観客だけでなく選手らも気になっていたが、誰も翔を知る者はなかった。
すると、試合を観ていた1人が
「おーい、太郎、お前何か知らないか?」
と近くにいた少年に声をかけた。太郎というその少年は、見るからにオタクといった格好をしていた。初戦から翔に注目していた彼は、人差し指で眼鏡の位置を整えると、説明を始めた。

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「間違いありません。彼は、80年代に活躍した伝説の選手、鷹上明の息子です。当時、鷹上明はまぎれもなく最強の選手でしたが、突然引退を表明してしまいました。その後、彼を見た者はいないそうです」
「へえ、そんなこともあるのか。にしてもあの選手のキュー切れは恐ろしいな」
「はい、僕も観ていて驚きました。言うまでもなく彼は全体的にプレーのレベルが高いですが、テンポの良さやスピンは常人の域を超えている気がします。何と言うか、まるで疾風のようです」

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太郎はエレメントについて何も知らなかったが、その言葉は非常に的を得ていた。
翔の強さの秘訣はエレメントを習得していることにある。人は誰もが心の内にエレメントを持っているが、そのことを自覚している者はほんの一握りである。エレメントを習得するとなると、それを理解、制御するために強靭な精神が必要となる。しかし、一度エレメントを習得すれば、弱点の克服以上に自分の特性を引き出した方が良いとされるほどエレメントは強力な存在であった。

この世界には4つのエレメントが存在し、その4つをビリヤードのプレースタイルに強化できることを翔の父親は発見した。

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風のエレメントは疾風のような素早さとスピン。
火のエレメントは圧倒的な闘争心とパワー。
地のエレメントは動じない精神とセーフティー。
水のエレメントは穏やかさとコントロール。

翔はまさに風のエレメントを習得したプレイヤーだった。

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