ウェブキューズはビリヤードの全てがわかる総合情報サイトです。

Chapter11 北海道オープン

2020.12.02
eltitle.jpg

作/Donato La Bella 文/渡部嵩大 監修/関浩一

第11話

北海道オープンの会場では、開幕初日の朝を迎えていた。観客もすでに多く集まり、辺りは活気づいていた。その中には当然のように、太郎の姿もあった。東京から北海道は決して近い道のりではなかったが、生粋のビリヤードファンである太郎にとって、応援している選手の試合を観られる機会となれば何ということはなかった。お目当ての選手である雫とケヴィンをトーナメント表の前で見かけると、彼はさっそく声をかけにいった。

「今日も良い試合見せてください、応援してます!」
試合のたびに太郎が来ているので、毎度おなじみとなっていた雫は笑顔で返事をした。ケヴィンにとっても彼は顔見知りだったが、この日のケヴィンは心ここにあらずといった様子で、トーナメント表を見つめながら小さく頷くだけだった。
「ねえ、ケヴィン? ごめんね、彼今朝からずっとこの調子で。なんだか鷹上選手のことがかなり気になっているみたい……」
ようやく我に返った彼は依然として晴れない面持ちで
「すまない。なんだか嫌な予感がするんだ」
と低い声でつぶやいた。

1201el04.jpg

一斉にブレイクショットが行われ、歓声とともに北海道オープンは開幕した。試合はテンボールの8ゲーム先取で、ダブルイリミネーションとなっていた。つまり、一度負けても即座に敗退とはならず、敗者側のトーナメントから優勝を狙うチャンスが残されている。ただし、一度黒星がつくと後がなくなるので、敗戦を喫することなく勝ち進むのが有利であるのは言うまでもない。
試合慣れしている雫はいつも通りの落ち着きを払い、順調にゲームを重ねていた。ブレイクで1球ポケットすると、次の的球をポケットしやすい位置に手球が止まった。

1201table01.jpg

そこからは全く無駄のない動きで流れるように構えに入り、淡々と的球を沈めていった。観客同士で話す間も与えることなく、気が付くと最後の⑩まで決めてしまった。あっという間に隣の人と仲良くなった太郎は、いつもの調子で興奮気味に話し始めた。

「今のゲーム、雫さんは全く急いでいる様子ではなかったのに、取り切るのがあまりにも速かったんです。それで気付いたのですが、ブレイク以降、実は手球が一度もクッションに入ってなかったんですよね。真っ直ぐに近いショットを繰り返してたので手球がすぐに止まり、次のショットまでの時間が短くなってたんです。雫さんの得意なプレイスタイルであることは知っていましたが、完璧なマスワリは滅多に見れません」

眼鏡越しに目の輝きを増しながら、太郎君は一層饒舌になった。
「最近僕もこういう練習をしてみているので分かるんですが、球一個分コントロールミスをするだけでこの取り方はできなくなってしまいます。それを雫さん
は止まって考えることもなく、まるで雨水が近くの穴に流れ込むかのような必然性をもってあっさりと決めてしまったんです……。これを一流と呼ばずして、何と呼びましょうか!」
そのままの流れで最後のゲームを取ると、雫は結んでいた髪をほどいてテーブルを後にした。

1201el01.jpg

近くのテーブルでは、ケヴィンもちょうど1勝目を飾ったところだった。朝から抱えている不安を試合で見せることはなく、自らの調子を確認しながら危なげなく試合を終えた。雫と合流し歩いていると、2人は会場の中でひときわ注目の集まっているところを発見した。まさに今、片方の選手がブレイクショットを放とうとしているそのテーブルに近付くと、空いている方の選手席には「鷹上雷」という名前が貼り出されていた。ケヴィンは警戒していた選手が目の前に姿を現したことに一瞬たじろいだ。

雫は人だかりの中に太郎の姿を見つけ、試合の経過を聞きに近付いた。そこで、彼女は異変に気が付いた。鷹上雷は何食わぬ顔で
淡々とプレーを続けていた。ところが席に着いている相手の様子がおかしい。見るからに血色が悪く、まるで何かに怯えているかのように体を強張らせていた。

1201el03.jpg

「雷選手は特別目立つショットをしている訳ではありません。それなのに、何と言うか、ものすごい威圧感を感じるんです。離れて観戦している僕たちでさえこのプレッシャーです。1人で対峙している相手の選手は……」
雫とケヴィンはお互い顔を見合わせたが、すでに察しはついているようだった。
「彼はエレメントの使い手だろうけど、私たちのとは何もかもが違う。もっと深い、闇に染まったような……」
「間違いない、彼はエレメントの次の段階に到達した者だ。しかしどうやって……嫌な予感が当たってしまったのだろうか……」

1201el02.jpg

翔と龍は今、明の前で正座をし、額を床に押し付けていた。人にものを頼み込むにあたって、2人は土下座以上の方法を知らなかった。見よう見まねの形ながらも、彼らは真剣そのものだった。しかし、明は背を向け、頑として頷かなかった。

1201el05.jpg

「お前たちが何を頼みに来たのかは聞かずともわかっている。そして師匠として断言しておく。その先にあるものはお前たちの求めているようなものでは決してない。私は二度と同じ過ちを犯すわけにはいかない。エレメントの次の段階など教えてたまるものか! このことについては早く諦めなさい。

ページトップへ