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エレメント

2020.04.30

Chapter4 翔 vs 龍

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作/Donato La Bella 文/渡部嵩大 監修/関浩一

第4話

龍と翔の試合が始まる頃、会場に高校生くらいの女の子がやってきた。急いでいる様子で場内を見渡すと、観客がたくさんいるテーブルを見付けて早足で近付いた。

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「はぁー、やっとたどり着けたよ。ん、あそこ人気だなぁ、ってあれ翔と龍じゃない!? ギリギリ間に合ったかな」
観客の注目が集まっているテーブルでは龍がウォームアップをしており、その様子を翔が真剣に見ていた。女の子は試合がこれからだとわかると、胸をなでおろした。
彼女の名前はすみれ。翔の幼馴染であり、地元から応援に駆け付けていた。

会場の上の階では、雫とケヴィンが観客席についたところだった。
「ケヴィン、灼谷くんの相手の名前、タカガミだったよね?」
「ああ、間違いない。そうアナウンスされていた」
「鷹上先生の息子かな? 灼谷くん以外の成果も得られるとはね」
「もしそうだとすれば、この試合はエレメント同士の対決ってこともあるんじゃないか?」
「そうなれば興味深いね......」

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翔のウォームアップも終わり、試合が始まろうとしていた。珍しく翔が完璧なバンキングを決め、本日初のオープニングブレイクを勝ち取った。彼は喜びながらブレイクを放ったが、手球はわずかにそれ、球が密集する形となってしまった。このような局面で連続して手球を決めていくのは難しく、お互いにターンを譲りながら、徐々に球を減らしていく展開となった。しかし翔はどうにか難しい⑦を決め、最初のゲームは彼のものだと思われた。

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普段の翔ならば、ノータイムで手球の左上を撞いていただろう。切り返しというショットで、手球を3回クッションに入れて⑨へとポジションするのである(下図)。若干いやらしい配置ではあったが、ヒネリを好む翔にとっては決して無理のない選択肢である。

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しかし、この時の翔は違うショットを選んだ。しっかりと回転をかけるのではなく、手球を止めたいがために、キューを短く突き出して弱く撞いた(下図)。

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⑧はコーナーポケットに決まり、続く⑨はやや薄くなってしまったが、彼がミスショットをすることはなかった。最初のゲームを取ることができ、翔は安堵した。
どうにか最後まで取り切ることができたが、いつもの翔の様子とは違っていた。2年振りに再会した龍を相手に、勝ちたいという気持ちが先行してしまって本来のスタイルを見失っていたのだ。幼馴染とのビリヤードを楽しんでいないはずはなかったが、それ以上に勝利への意識が強くなっていたのである。
エレメントを使いこなすには、心から試合を楽しむ必要がある。そして今、『勝ちたい』という他の感情が妨げとなっていたため、彼はエレメントの力を引き出すことができず、パフォーマンスに波が生じてしまっていた。

雫とケヴィンは試合をじっくりと観察していた。
「今のゲームは配置が悪かったからまだ何とも言えないね」
「ああ、灼谷くんにはまだ良い場面が回ってきていない。タカガミくんはエレメントの片鱗を見せているような気もするが、まだまだわからない」
「もしそうだとしても、完璧には使いこなせてないのかな。ゾーンに入り続けるのは難しいみたい」
「そうだな、例えばさっきの⑧は自信がなさそうだった。あのショットは選ぶべきじゃない。エレメントを使うにはゾーンに入らないといけない。そのためには訓練が必要だ」

ゾーンとエレメントには密接なつながりがある。ケヴィンの言う通り、エレメントの力を使いこなせるのは選手がゾーンに入っている時であり、さらにそれぞれのエレメントに合った心の状態を保たねばならない。

風は自由
火は矜持
地は慎重
水は平穏

エレメントを使いこなしている時は、常に目の前の状況に集中し、無駄な思考に妨げられることはない。だからこそ五感を研ぎ澄まし、普段では成しえないショットも決めることができる。

次のゲームはブレイクがしっかりと決まり、翔は散らばった的球を堅実に取り切り、2−0とリードした。しかし、彼はいつもの自分とは何かが違うことを自覚していた。選択するショットや決断するまでの時間がいつもとズレていたり、乱れていたりしたからだ。自分を落ち着かせているつもりの彼には、その原因があまりわからなかった。そんな中、無意識のうちに彼は子どもの頃のこと、龍に出会った頃のことを思い出していた。

龍の父は、鷹上明の道場を建てた大工だった。同じ年頃の子どもがいたことから、2人は自然と親睦を深め、龍と翔も仲良くなった。初めて出会った時に翔は一目で龍を気に入り、以来龍も道場に来てはビリヤードで遊ぶようになった。

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遠目に試合の様子を見守っていたすみれだったが、翔のことを心配して近くに席を移した。幼い頃からずっと一緒に過ごしていた彼女の目には、翔が普段通りでないことなど明らかだった。彼の表情を見たすみれは、すぐに問題がわかった。

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ずっと一緒に育てられた龍と2年越しに戦っていることが、翔のプレーに良くない影響を及ぼしていた。いつものように純粋に試合を楽しんでいるのではなく、失敗すること、負けることを恐れてしまっている。

翔のブレイクのターン、彼は平常心を保とうとした。だがノーインとなり、彼は席に戻った。その足取りには、いつもの軽快さがなかった。
良い局面がついに龍にも巡ってきた。彼は自信を持って立ち上がる。

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