WEB CUE'Sトップ > エレメント > Chapter3 火の龍

アーカイブ

CUE'S最新号

2020年07月号

偶数月4日発売
2020年07月号 6/4発売

詳細を見る

エレメント

2020.04.04

Chapter3 火の龍

eltitle.jpg


作/Donato La Bella 文/渡部嵩大 監修/関浩一

第3話

スパ――ン!
奥のテーブルから、会場をつんざくような音が鳴り響いた。

驚いた観客らが目を向けると、そこには注目のジュニアプレイヤー、17歳の灼谷龍の姿があった。翔と違い、龍は日頃から様々な大会に出場していたため、彼を知る者は少なくない。特にブレイクには定評があり、ナインボールで4球イン程度なら茶飯事だった。

0401el05.jpg


昨年のトーナメントでは、龍はなんとブレイク7球インを記録していた。テーブルには手球と⑨と⑥のみが残っていたが、無情にもそれらは一直線に並び、先球を隠してしまっていた。

0401table01.jpg


しかし、彼は見事なブレイクが決まった喜びをそのままに、ジャンプショットであっさり⑥を沈めると、30秒足らずという驚異的なマスワリを見せた。

ブレイクに限らずパワーのあるショットを龍は得意とし、芯撞きにおいて彼の右に出る者はそういなかった。見栄えのよいプレースタイルと爽やかな容姿が相まって、好印象を与えていた。
実は龍もエレメントの1つ、「火」を習得していた。火のエレメントの特徴はそのパワーにある。そのため、ビリヤードにおいて最もパワーのあるショット、ブレイクは自然と彼の十八番になっていた。ブレイク以外のハードショットやジャンプショットもエレメントとの相性が良く、彼の武器だった。 試合は今、龍のターンが続いていた。彼は順調にテーブル上の球を減らし、このような配置となっていた。

0401table02.jpg


⑥から⑦にポジションするためには、手球が⑧・⑨を避けなければならない。経験の少ない選手には一見難しい配置であろうが、多くの上級者は手球に左回転を与えてゆっくりと転がし、⑧の後ろを通らせる手段を思いつくだろう。スピンを好む翔ならば、ノータイムでこの方法を選んだに違いない。

0401table03.jpg


しかし龍の選択は違った。彼は手球の中心よりわずかに高くキュー先を合わせると、強めに撞いた。⑥がポケットされ、手球は上、下と2回長クッションに入った後、⑦と⑨の間を通って止まった。

0401table04.jpg


回転を使うショットと比べれば難易度はかなり上がるが、火のエレメントを習得している龍だからこそのプレーと言えるだろう。彼にとっては、手球にしっかりと力を伝える方がイメージが良かったのだ。考え抜いた末の選択ではなく、経験による本能がそうさせた。

ゲームボールをしっかりと決め、龍は5−0でベスト8へと勝ち進んだ。

0401el04.jpg


手短に挨拶を済ませると、彼は早々にテーブルを後にした。

試合後、龍は翔を見かけると、笑顔で駆け寄った。
「よう、翔! あんな田舎からよく東京まで出てこれたな!」
2人は幼馴染だった。
翔の父親、鷹上明と龍の父親は昔からの親友であったため、翔と龍の2人はまるで兄弟のように育った。龍は、道場を構える父親のもとでビリヤードを覚えた翔とともに子ども時代を過ごしたため、気付くとエレメントの知識が身に付いていた。龍は2年前、修行のためにアメリカに渡り、翔と会うのはそれ以来だった。
「龍だ、久しぶり! 会いたかったよー」
翔も再会を喜んだ。試合中とはまた違った、元気な少年らの姿がそこにはあった。

0401el03.jpg


同じ頃、会場の入り口に2人の有名な選手が現れた。
1人はケヴィン・ウッドランド。彼はカナダで生まれ、小学生の時に日本に移り住んだ25歳の選手である。2mもあろうかという体格の良さを誇り、立っているさまはまるで大木のようだった。
もう1人は滝瀬雫。彼女は22歳で、一見お洒落な女性という雰囲気だったが、選手としてふさわしいクールさを具えていた。

今は観客として来ていた2人であったが、ともに世界で戦えるほどのクラスの選手であり、突然の登場に人々から注目を浴びていた。他の観客に挨拶をしつつ、彼らはテーブルへと進んでいった。
2人は北海道の同じ道場で技を磨き合う仲間だったが、翔や龍と同じくエレメントが強さの秘訣だった。ケヴィンは地のエレメント、雫は水のエレメントを習得していた。まだ誰も気付いてはいなかったが、会場には4つのエレメントをそれぞれ習得したプレイヤーらが勢ぞろいしていた。

0401el02.jpg


ジュニアではない2人がこの場にいたのは、龍の噂を聞きつけてのことだった。ビリヤードのエレメントは一般的には知られておらず、その知識を持つ者が見られるかもしれないという話を耳にし、彼らははるばる北海道からやってきていた。

次の試合を待つ間、翔と龍は近況報告で盛り上がっていたが、
「呼び出しをします。灼谷選手、鷹上選手、4番テーブルで試合です。」
とアナウンスがかかると、彼らの表情は途端に選手のものへと変貌した。会っていなかった2年の間に、互いがどのような成長を遂げたのか見せる時が来た。これまでの試合とは質の違う緊張感を携えて、2人はテーブルへと向かった。

0401el01.jpg


東京のどこかで、殴り書きのような手書き地図を難しい顔でのぞき込む女の子がいた。

0401el06.jpg


「あーもう、ここどこなの? 試合に間に合うといいんだけど......。張り切っておにぎり作りすぎちゃったから荷物も重たいし......」